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執筆者の写真あきぽ

自分にもどるっていうけども。


私。

イヤーコーニング を説明するときに「自分にもどる」とか「内側の声をきく」というような事を言ってるわけですが。

「自分にもどる」って、自分は自分でしょう?って思うでしょ。当たり前でしょと。

けれど。

自分が思ってる「自分」てホントの自分かどうかって改めて考えたら怪しいもんだよ。

調和を重んじる日本人としては、幼い頃から周りと同じであることが「良いこと」だし、「空気を読む」という機能が標準装備されていない人は、とても生きづらい。

物心ついた頃から、周りに合わせて生きていく事が当たり前で、それが上手にできること、空気を読むこと。

良いか悪いかの判断の物差しが、自分の外側にあること。

これがスタンダードだとしたら、本当の自分だと思う「自分」は、はたしてホントに本当かしら?

たとえば。

あまり人には言えないけど、ずっと好きなアーティストがいてオタク級に好き。とか。

人混みが苦手だから、たとえ年に一度でも、季節の風物詩だとしても、どんなに誘われてもお祭りには行きません。とか。(これ私)

親として子どもの行事には参加するべきだけれど、どうしても行きたくないから行かない。とか。(これ時々私。保護者会とか)

一度ハマると、しつこいくらい同じもの食べます。とか。(はい私)

よくわからない例えですが。

物差しが外側にあると、自分が本当に好きなものさえ、好きって言えなかったり、イヤなものやイヤなことをやだ!って言えない。

これを邪魔するのが、長い間自分で自分にさせてきた我慢や、気づかないフリをしてきた感情。もうこれが、ヘドロのようになって底に溜まってる。

この溜まった我慢や感情を、1つずつ解放したっていいけれど、時間がかかるし、ツライわけです(感情に向き合うって怖いからね)

だからイヤーコーニング で燃やします。

早い。簡単。

回数を重ねることで、要らないものはどんどん燃えていくので、外側にあった物差しが要らなくなるし、「自分」という輪郭がはっきりしてくる。知らずと「もとの自分」に戻っていくわけです。

簡単に言えばこんな仕組み。

私はもともと個性が際立ったキャラだとは思うけど(昔から変わってるってよく言われるし。えぇ褒め言葉として受け取りますとも) 周りに合わせる事も、空気を読む事も、とても上手にできる人でした。

それができるっていう事はね、山ほどの我慢が溜まるってことなの。で、それが良いことだと信じて生きていたからね。

今ではもうやめましたけど。

でも習慣だし癖なのでね、意識しないと外側に合わせることに流されます。

だから。

そんな時は「内側の声」を聞くわけ。

長くなるのでこのへんでおしまい。


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