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執筆者の写真あきぽ

2018と2019。

年が明けて4日も経って。

ようやく自分の時間の流れに句読点「、。」を付けようかなって気になった。


年末31日。

氏神さまにご挨拶に行った後に、神棚にお神酒をあげて手を合わせて、一年の感謝を伝えようとしたけど、言葉が上滑りして続かない。「今年一年…今年一年…」アレどうしよう困ったな…と思ってたら、

『薄っぺらい感謝など要らぬ。自分と共にあることを誓え。』

と、重量感のある声が頭に響いた。

「誓います」以外に応えはなくて。

あんまりハッキリ言われるからビックリして、でも涙がいっきに滲んだからホントだって分かる。(涙は本当or当たりのバロメーター)


2018年は。

「覚醒」だったんだと思う。目が醒めた。

目は醒めたけど、どうやって起きていいのか、どうやって動いたらいいのか分からない。そんな時間だったなって思う。


2018年に書いたブログを読み返してみたら、本当にそれがよく分かったの。

目が醒めた自分の取り扱いに、もがいてもがいて…そんな時間だったなぁ。

今だって、ジタバタともがくのは変わらないけど、仕組みは分かったから。

大丈夫なのも分かったし。


『自分と共にあることを誓え』

もうこれを徹底的にやることの他に、やらなきゃいけないことなんて一つもない。

でも。

それが分かったとしても、自分から離れてしまうことは日々起こる。

だから何度も何度も自分に戻る。



2019年。

目標とか抱負とかビジョンとか。

そういうのを掲げることで自分を鼓舞して生きてきたけど、今のところ、なぜかそんな気にならなくて。(だからあえて何もナシ)


見えてる未来も見たい未来もあるけれど、自分の内側を見続けることで、欲しい未来が向こうからやって来るのを確かめたいって思ってる。


今、始まったばかりのこの時間軸では、ただただ凪いだ空気の中に立ってる。

そんな感じ。

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